愛犬の成長記録と日々の生活の様子
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10/14は久しぶりにグッドラックへ行ってきました。
9/27にシドちゃんのママさんから、「10/14にクオーレ家がランを貸切して下さったからご一緒にどうですか?」とメールを下さったんだけど、当初全く行く気になれませんでした。
しかしだいぶ精神的にも落ち着いてきたし、元愛犬広場の常連のみんなと会わせたかった、一時よく通っていたグッドラックに初七日までに連れて行けなかった、ジョンもいい気分転換になるのでは?等々の理由で行くことにしました。
自分が受付に行ってる間に、ポン太君ちの五右衛門君が大変な事になってしまって、車で留守番になってしまったのが残念だったけど、久しぶりにみんなに会えて嬉しかったです。
9/27にシドちゃんのママさんから、「10/14にクオーレ家がランを貸切して下さったからご一緒にどうですか?」とメールを下さったんだけど、当初全く行く気になれませんでした。
しかしだいぶ精神的にも落ち着いてきたし、元愛犬広場の常連のみんなと会わせたかった、一時よく通っていたグッドラックに初七日までに連れて行けなかった、ジョンもいい気分転換になるのでは?等々の理由で行くことにしました。
自分が受付に行ってる間に、ポン太君ちの五右衛門君が大変な事になってしまって、車で留守番になってしまったのが残念だったけど、久しぶりにみんなに会えて嬉しかったです。
2007年12月2日、うちに正式譲渡され、晴れてパピはまさ家の一員となりました。
血統書がなく年齢も誕生日もわからないので、迎えたこの日を第二の犬生の始まりと考え誕生日としました。
パピは愛護団体さんにいる時は前の記事でもわかる様に、ジルコと言う名前で呼ばれていました。
正式譲渡される時に「素敵な名前を付けてあげてください」と言われましたがなかなか思い付かず、ジルコと呼ばれていたんだし、うちもトライアル中はジルコと呼んでたので(ほとんど名前では呼んでなかったけど)、そのままでいいかな?と思っていました。
そんなある日、散歩前にジルコと呼んでももう一つ反応が良くなかったので、その時に思い付いた名前を数個呼んでみました。
で、その時に一番反応が良かったのが【パピ】だったので、その時からパピと言う名前になりました。
今思うと多頭飼育されていた家でもパピと呼ばれていたのかもしれないですね。
そのパピですが正式譲渡されてからも、自分がいる時は相変わらず以前と変わらなかったけど、自分のいない時(留守番の時)は仲良くジョンと一緒に遊んでいてくれてると信じてました。
たまに自分の目の前でも遊ぶ姿が見れた時は凄く嬉しかったです。
その後は社会化性を身に付けて貰う為に、ドッグランに連れて行くようになり、出来るだけ人にも会わすように心掛けました。
血統書がなく年齢も誕生日もわからないので、迎えたこの日を第二の犬生の始まりと考え誕生日としました。
パピは愛護団体さんにいる時は前の記事でもわかる様に、ジルコと言う名前で呼ばれていました。
正式譲渡される時に「素敵な名前を付けてあげてください」と言われましたがなかなか思い付かず、ジルコと呼ばれていたんだし、うちもトライアル中はジルコと呼んでたので(ほとんど名前では呼んでなかったけど)、そのままでいいかな?と思っていました。
そんなある日、散歩前にジルコと呼んでももう一つ反応が良くなかったので、その時に思い付いた名前を数個呼んでみました。
で、その時に一番反応が良かったのが【パピ】だったので、その時からパピと言う名前になりました。
今思うと多頭飼育されていた家でもパピと呼ばれていたのかもしれないですね。
そのパピですが正式譲渡されてからも、自分がいる時は相変わらず以前と変わらなかったけど、自分のいない時(留守番の時)は仲良くジョンと一緒に遊んでいてくれてると信じてました。
たまに自分の目の前でも遊ぶ姿が見れた時は凄く嬉しかったです。
その後は社会化性を身に付けて貰う為に、ドッグランに連れて行くようになり、出来るだけ人にも会わすように心掛けました。
早いものでパピがいなくなって、もう2週間経ちました。
パピの為にたくさんのお花、お供え、お手紙、そしてお悔やみのコメントをありがとうございます。
送る前に戴いたものは一緒に送りましたが、うちに帰って来てから戴いたものはすべてお供えさせて戴いています。
そして自分の体を気遣って下さい眠れてないだろうとビールや食べれてないだろうからとご飯を持って来て下さった方、ありがとうございました。
かなり長くなりますが、パピの最後の日の事を書きます。
この日の事を忘れない為にも、時系列に沿って書き綴っています。
- 6:00過ぎ 起床 特にいつもと様子は変わらず(少し咳き込んでいた?)
- 6:40頃 いつもの様にジョンとパピの食事(ドライフード)を用意する
- 7:00頃 出勤時に前日買った留守番用のおやつを与える(テンションが上がったからか逆くしゃみの様になる)
- 19:00前 会社を出る
- 19:30頃 ホムセン着 使い捨てのマナーパンツと留守番用のおやつ、歯磨きガムを購入
- 19:55帰宅 ガレージに入るといつもならワンワンと吠えるのが、この日はワンと一言だけ吠える。玄関を開けるとパピの呼吸に違和感があるもいつも通りのお出迎え。ソファに座った自分の隣に上がって来たので、抱っこして首筋と背中お腹をさする
- パピを降ろし着信があった友人に℡
- ℡後パピを見るとなぜか玄関の辺りで立ったまま辛そうに呼吸をしていて舌の色もおかしかったので、急いでご近所さんの掛かりつけの病院を聞くためメールをする(以前にいい病院だと聞いていたので)
- 20:04頃 返事が来る前にジョンとパピを乗せ夜間診療をしている病院に向け出発。 途中でご近所さんからメールが入る(夜間診療している病院=ご近所さんの掛かり付け病院)
車内ではいつもの様にコンソールに前足をかけて前方を見ていたパピ。 - 20:20前頃 病院着 いつもの車内での様子だったので少し安心していたが、病院に着いてもしんどそうでコンソールに足をかけたまま動かなかった(動けなかった?)パピ
- 受付にて症状を説明し掛かりつけの動物病院での投薬等を説明
症状から肺水腫の疑いがあるとの事。しかしこのままではレントゲン検査が出来ない(伏せや横にできない状態の為)利尿剤の注射をし酸素室に入れて体力の回復後に検査をするとの事。 - 今夜は入院となるのでお帰り下さい、何かあれば電話しますとの事で、入院同意書にサインし帰宅。
- 20:39 ご近所さん宅に寄り病院を教えて戴いたお礼とパピの状態を説明し帰宅
- 21:06 病院から℡ 心肺が停止したので急いで来て下さいとの連絡を受けジョンを抱かえ急いで病院へ向かう。
- 20:20頃 病院着 すぐに処置室に通され酸素吸入を受け横たわっているパピと面会。そして状況説明を受ける
- 一度心肺が停止したが強心剤を注射し人工呼吸で蘇生したとの事。 その時にかなり血が混じった水を吐いたとの事で、処置台の上のシートに痕跡があった。
- パピは目を開けキョロキョロしていて、先生の手の動きと自分の問いかけにしっかり目を向け動かす。
- 先生より意識がはっきりしてくと呼吸管に違和感を感じて嫌がる素振りをするので、その後は酸素室に入れるとの事。パピが嫌がる素振りを見せたら先生を呼ぶ様にと看護師に言い先生は他の診察の為に退室。
- しばらくすると管に違和感を感じた様で少し嫌がり、さらにしばらくすると頭を動かし嫌がったので酸素室へ移動させられる。
- 自分は待合で待たされる。
- 酸素室に通されパピと面会
酸素室の左奥隅で、呼吸が荒く力なく立ってたパピ。
自分を見付けると下がっていた尻尾が上がり尻尾を振りながら近づいて来ようとするものの、膝がガクっと落ち腰が抜ける様な状態。 それでも頑張って尻尾を振りながら少しずつ前に進んできた。看護師さんも「お父さんに喜んでるね」と言ってました。 初めての病院、初めてのスタッフだったのでかなり心細かったと思う。「パピ、パピ」と呼び掛けるも看護師さんは扉が厚く密閉性が高いから声は届いてないんじゃないかとの事でした。
尻尾を振りながらヨロヨロと近くに来たものの、伏せの体制になり呼吸も弱くなってきてゆっくりと右目が斜視になった。 - 急いで看護師が先生を呼びに行きパピを処置室へ。
- 自分はまた待合室で待たされる。
- 10、15分程待ち処置室へ通される。
ぐったり横たえ右目が開いたままのパピが人工呼吸を受けている。
体をさすり何度も声をかけたが反応なし。
先生が胸?肺?の辺りを押すと人工呼吸器の管に薄く赤い血液混じりの液体が逆流
心臓マッサージ等も施したが瞳孔の反応もなく、もう脳が死んでいるので回復の望みはないと言われる。 - 人工呼吸器、各種センサーが取り外される
10/1はパピの初七日でした。
霊園で戴いた法要の冊子に「初七日までは家族の傍らにいる」との事が書かれていたので、初七日が終わるまでに出来るだけパピの好きだった所と所縁のある所へ行こうと思い行ってきました。
ずっと付けていた首輪と迷子札はパピと一緒に送ったからもうないけど、最後に使っていたリードが動物病院で渡し忘れられていたので、そのリードを受け取りリードを持って出かけました。
正直お葬式の翌日に出かけるのはどうかとも思し、ただの自己満足なんでは?とも思ったけど、こんなことになっていなかったら当たり前の様にドッグランへ行っていた筈だし、何よりパピも喜んでくれると思い出かけました。
9/29はいつも行っていたフラパのラン
本当はいつも常連ワンコ達で賑わっている時間に行けば良かったんだけど、常連ワンコの飼い主さんに会うと辛くなりそうなので早い時間に行ってきました。
フラパの後はどうしても連れて行きたかった所へ行きました。
霊園で戴いた法要の冊子に「初七日までは家族の傍らにいる」との事が書かれていたので、初七日が終わるまでに出来るだけパピの好きだった所と所縁のある所へ行こうと思い行ってきました。
ずっと付けていた首輪と迷子札はパピと一緒に送ったからもうないけど、最後に使っていたリードが動物病院で渡し忘れられていたので、そのリードを受け取りリードを持って出かけました。
正直お葬式の翌日に出かけるのはどうかとも思し、ただの自己満足なんでは?とも思ったけど、こんなことになっていなかったら当たり前の様にドッグランへ行っていた筈だし、何よりパピも喜んでくれると思い出かけました。
9/29はいつも行っていたフラパのラン
本当はいつも常連ワンコ達で賑わっている時間に行けば良かったんだけど、常連ワンコの飼い主さんに会うと辛くなりそうなので早い時間に行ってきました。
フラパの後はどうしても連れて行きたかった所へ行きました。
みなさん、パピへのお悔やみと優しいお言葉をありがとうございました。
昨日、お葬式と火葬を終えうちに戻ってきました。
大勢のお友達に見送って貰って、パピも喜んだと思います。
笑顔で送ろうと思ったけど、やっぱり無理でした。
最後の最後までダメな飼い主で、ごめんなさい。
いつまでもメソメソしていたら、パピに「なに泣いとん?」と首を傾げて笑われますね。
初七日まではまだ家族の傍にいて、行き先を決める準備をするとの事なので、それまではパピがお気に入りだった所へ出来るだけ行こうと思います。
昨日はお葬式の前によく遊んでいた霊園のランに連れて行きました。
パピを霊園に連れて行く前の画像です。
この様な画像をUPするのは、こんな姿をみなさんにお見せしていいものなのか?パピにを晒し者にしているのではないか?とかなり悩みましたが、沢山の方に可愛がられ暖かいコメントを戴いたので最後の姿も見て貰った方がいいのではと思いUPする事に決めました。
なので、見たくない方は【続きを読む】をクリックしない様にお願いします。
昨日、お葬式と火葬を終えうちに戻ってきました。
大勢のお友達に見送って貰って、パピも喜んだと思います。
笑顔で送ろうと思ったけど、やっぱり無理でした。
最後の最後までダメな飼い主で、ごめんなさい。
いつまでもメソメソしていたら、パピに「なに泣いとん?」と首を傾げて笑われますね。
初七日まではまだ家族の傍にいて、行き先を決める準備をするとの事なので、それまではパピがお気に入りだった所へ出来るだけ行こうと思います。
昨日はお葬式の前によく遊んでいた霊園のランに連れて行きました。
パピを霊園に連れて行く前の画像です。
この様な画像をUPするのは、こんな姿をみなさんにお見せしていいものなのか?パピにを晒し者にしているのではないか?とかなり悩みましたが、沢山の方に可愛がられ暖かいコメントを戴いたので最後の姿も見て貰った方がいいのではと思いUPする事に決めました。
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